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両方とも大事

妙な夢を見た。

昔別れた夫と、なぜか、どこかの店に入る。

喫茶店のカウンターに並んで座ると、元夫が、カウンターの中にいるマスターのようなおじさんを、この人は自分の親戚だと紹介する。

ニコリともしないマスターは何か料理を作っていて、私たちの前にそれぞれスープか何かが入った器を出した。

隣で元夫が、中の液体に浸した物を口にして、美味しいから食べろと言う。

その浸した物が何かとよく見てもわからないので、私が動かずにいたら、向かいからマスターが差し出したものは羽毛の小さな羽みたいな物だった。

え?これをスープに浸して食べる?こんなものを食べて大丈夫なのかと言うと、体に良いからとか何とか言われた。

いやいや。そんなの科学的にも医学的にも、何の根拠も無いでしょうと言う私。

ところが、それではどうにも説得できる様子ではない。

そんな夢。

目が覚めてから、ああ、私の頭の中にはまだ、聖書や御言葉がしっかり入っていないなぁと思った。

科学や医学はもう、私の肉体を私自身が守るには充分な知識を学んでいるし、これからも得ようと思えば簡単に得られるから、それはいい。

でもあの場面で必要なことは、自分を霊的に守るにはどうすればいいか、ということだった。

肉体だけではなく、霊体も鍛えないと駄目。

旧約はまだ2/3残ってる…がんばろう。

と反省させてくれた悪魔、おつ。

悪魔を通してお知らせいただいた神様には、大変申し訳ないです。

感謝します。

悪魔とオセロその2

私はたまたま、新約時代から聖書を読み始めたのでわかっていなかったのですが、最後に黙示録を読んでも難しくて理解出来なかったのでやっぱり最初から読むかと創世記に戻ってみたら、これまでの長い歴史で人は、何度も何度も失敗を繰り返していると知りました。

いやもう本当に、読みながら「はぁ?またなの?」と何回つぶやいた事か。人の歴史って、失敗の繰り返しなんですねぇ。びっくり。

しかも神様の善や愛に対する反逆の歴史なんだもの。で、そのたびに、ごめんなさいもうしません神様ゆるして下さいと謝って、そうかそれなら許したろうと、これまた神様も何度でも許しちゃう。もうしません、って人が言うから。神様は愛の方だから。

で、もうしませんって言ったくせに、またやるのが人間で。

昔だって悪い人ばかりじゃなかったのでしょうが、今の日本を見ても、良くないと解っていても大勢に流され、結果、生きにくい世の中で多くの人が苦しんでいるのだから、何も変わっていないですね。

人生なんて何も変わらない、と思い込まされる人間を見て、悪魔や雑霊は超喜んでいるなぁと思うと、イラッときます。

幼い頃の娘に引っ付いていた雑霊にも相当イラッとしましたが(私の親としての未熟さ、弱さが呼び寄せたのだろうと今は反省しています)、正しいことをしようと思っている思考回路に、横から邪な思考をそーっと差し挟んでくる霊の存在に気付いてしまえば、実は対処は案外簡単なのです。

高価な天然石のブレスレットをしたり、塩をふってみたり、パワースポットに行ったり神社仏閣を拝んだり(これ悪魔崇拝ですからね。神様に反逆したい悪魔が、神様が愛する人間にわざと拝ませようと、神様を悲しませる為に創った文化です)する必要は微塵も無く、

ただただ、胸の中に神様を思い描いて、正しいことをしたい、そうできる世の中になってほしい、厄介な悪魔は滅びろと、強く祈ることです。

でも、お願いするのだから、ならばそのかわり自分には何が出来るのだろうか?と考える必要があります。

神様は人に幸せになってほしいと思っているから助けてくれる。私たちだって幸せになりたいと思うなら、自分を惑わせる悪と闘わないと。

これまで人間は失敗しすぎているから、もう後はないですよ。

知恵を使い、黒をひっくり返して白優勢にしたいものです。

悪魔とオセロ

子供たちが霊やオーラを見ていた頃、私は自分たちに起きているどんな事に対しても偏見を持たず、中庸の精神でいようと努めました。

起きていることには意味があると思っていたけれど、でもだからといって、それが特別なことだと思うと考えが偏ってしまうからです。

なので、物事のバランスを取ることが大事だと考えていた私は、太極図の陰と陽のマークも好きでしたし(ブランドのロゴでもありますね)、それを子供たちが小さい頃には話して聞かせもしました。

恐らく私のこの考え方に、ある時から娘はずっと不満があったのでしょう。

この姿勢は、世の中のあらゆるシステムに対して何かおかしいと感じているのにも関わらず、

「でも、社会生活とはそういうもの。黒も白もグレーもある。自分だって、悪人では無いけれど、時には悪いこともする。犯罪じゃなければ、それくらいはいいんじゃない?」

と思いながら日々生活しているのと、同じだからです。

この、平和的で耳障りの良い、陰陽混ざって良しと受け入れる姿勢は、結局のところ、物事を善悪に分けられない優柔不断さから来ているからです。

そもそも聖書を書かせた神様は、善悪をはっきりと分けるヒトでした。それを人は厳しいことを言うなぁと感じてしまう。

だからこそ悪魔、悪霊は、もっと楽にグレーで生きていいんだよと、最初は白9:黒1の割合で混ぜて上手に人を操り、気付かないうちに5:5を浸透させてきました。

これが不幸のループの始まりです。

つまり善人がいても、悪人が同じだけいるから、戦争を止めさせたい人と戦争でお金儲けをする人が混在してしまい、常に世界のどこかで誰かが殺し殺され続けている。

最初は人殺しはダメだと言っていても、戦争だから仕方ない、と思わされたのが私の親や、その親の世代です。

では今の日本は戦争をしていない?いいえ。世界のどこかで起きている戦争の道具を、日本企業が製造して利益を得ています。その人達は、戦争が無くなったら本当は困るのです。

何よりも、オーラが真っ黒な現首相や閣僚が、日本をまた戦争が出来る国にしましたね。

私が小さい頃、テレビCMでは笹川さんというお爺さんが「人類はみな兄弟!」と高らかに言っていましたが、そのセリフと、あの人のオーラの黒さの対比は幼心にも異様でした。

一日に何度も流されるそのCMを見ている時、この人嫌いだとか何とか言った私に、親が横から「この人は良いことをしている団体の会長だよ」のようなことを言ったのです。

親としては、人の悪口を言うものじゃないという教えのつもりだったのでしょう。本心からそう思っていたわけではないはずです。当時の大人は誰しも、その人が裏でやっていることを知っていたから。

こうして私たちの世代もまた、世の中のダブルスタンダードに慣れていったのです。

まさに悪魔の思う壺でした。

正しいこと、筋の通ったこと

息子夫婦の子供は、現在8ヶ月。つかまり立ちをしては、振り向きざまのドヤ顔で私たちを笑わせてくれます。

この子が分別のつく年頃になるまでに、いえ、出来ればもっともっと早くに、私はあらゆる我、欲、情を捨てようと日々奮闘しています。

部屋の中はあらかた片付きました。ただ年のせいなのか、やはり物が多いので、捨てても捨ててもまだ追い付かない。情けないことです。

息子夫婦の家にしても、やはり職業上というか、ゲーム関連のアダルトなキャラクターグッズなども部屋に溢れていたので、これが片付かないまま孫がいつか大きくなるのは嫌だなと思っていたのです。

が、娘に伝道された息子が、それらを一気に捨てまくったので、今や部屋の中はスッカラカン。ほっとしました。

大の大人が、聖書に触れたからといって生活を改めていくのは、いかにも変な宗教にはまった人みたいだと思う人もいるかもしれませんが、事はもっともっと単純なのです。

たとえばコンビニの本棚の、登下校の小学生でも目にする高さの棚に並ぶアダルト雑誌。

あれを、物心ついた子どもにどう説明しますか?

大抵の大人は、見ちゃだめよと言うでしょう。でも見ちゃだめな物がなぜ目に入るところにあるのか、きちんと説明できますか?

それが出来る大人である為に、自分自身が真理を理解し、正しく、筋の通った生き方をしなければならない。

どうして世の中がこれほど捻れているのか、おかしなダブルスタンダードがまかり通るのか。

きちんと孫に説明できる大人でありたい、ただ単純に心からそう思います。

愛と情


例えば歯科予防処置として来院する患者さんの中には、高齢の患者さんもいらっしゃる。(年々増えている)

体調もあるので、今その患者さんに出来る範囲でのセルフケアを提案し、実践してもらうのも私の仕事だけれど、ご自分の思うとおりに手が動かない、気持ちが乗らない、そんな時だってある。

するとそういう時に、「ま、いつ死ぬか分からないから、もういいんだけどね」と諦めたように、中には苛つきながら言う患者さんも多い。

まだ駆け出しの頃の私なら答え方に窮したかもしれないが、半世紀も生きてきた今は、「まあ、いつ死ぬかは自分じゃなくて神様が決めることだし」と答えてしまっても、「ハハハ違いない!」と笑う患者さんに「はい、じゃあ、コレだけはがんばってやってみてくださいね」と、むしろその場は穏やかに収まる。

年齢と共に言うことを聞かない体との、日々の付き合い。その気持ちにどう折り合いをつけていけば、そしてどんなテクニックを駆使すれば今の状態を保てるのか一緒に考え、知恵を絞る。

患者さんの気持ちになり、同調しなければ、出る知恵も出ないのだ。

もし指導の最中に私が、そんな患者さんに同情して一言でも「お気持ちはわかります」とか、本当にそう思っていたとしても口にしたら最後、患者さんはムッとしてしまってその後の私の話を受け入れてはくれないだろう。あんたに何がわかるんだ?と。

同調と同情は違う、という話に似たものに、愛と情がある。

愛情、と一括りに使うことも多いけれど、愛は普遍的なもので、そこに情がからむと非常に厄介だ。

以前、書いたことがあるかもしれないが、昔、息子に話したことがある。

もしあなたが犯罪を犯したと私にわかったら、誰が知らなくても、私があなたを警察に連れて行くよ、と。

愛情を愛だと履き違えた親ならば、客観的事実に目をつむって「あなたがそんな事をするはずないわよね」と盲信し庇うとか、匿うとか、お金をやって逃がすとか、するのかもしれない。

愛ある親ならば、子供が刑事罰を受けた後、社会がどんなに偏見の目で見ようとも、母親もつめたい目で見られようとも、支え合って真っ当に生きていこうとする。

前者は、世の中の迷惑以外のなにものでもない。誰も幸せにはなれない。

同調と同情


世間では病院に勤める看護士のあるあるで、夜勤での霊体験話がある。歯科ではその場でお亡くなりになるケースはまれなので、夜の医院であっても幽霊に遭うことはない。たぶん。

ただ、口は災いの元という言葉があったり、イラストでも口から魂が抜けていく様子が面白可笑しく描かれていたり、怖いマンガでは逆に口から悪霊に入られたりと、口は飲食や発音だけではない器官として扱われていたりする。

それでなのか歯科衛生士という仕事は、患者さんの様々な状態が現れる口の中を日々覗き込んでいるので、自分自身の経験が浅い、つまり未熟だと、ダイレクトに霊的なさわり(霊障)を受けることがある。

そういえば昔、お祓いをする方に、人間の口を覗き込んでいると「もらう」と言われたこともあった。

(霊とは関係無いけれど、アメリカではなりたくない職業の上位に歯科医師、歯科衛生士が入っている。体中のどこよりも細菌が多い最も汚い場所を覗き込み、汚染された血液や唾液などの飛沫を浴びる仕事だから)

それなら歯医者はどうかというと、麻酔をして削り、詰める又は被せる、という医療行為は、語弊があるかもしれないが意識的に上から下、もしくは一方通行に近いので、側で見ている限り、治療行為の間はさわりは無いように見える。

ただ患者さんとのコミュニケーションが必要な場面においては、やはり感情のやりとりだからか、途端にさわりを受けていることがある。

「面倒な患者の相手をしたくないから」なのだろうが、無意識に霊障を避けようとするからか、患者対応を助手や衛生士にまる投げする歯科医もいる。

ところで、虫歯も歯周病も生活習慣病だから、コントロールするスキルを学んでもらうためには問診が重要となる。いつどんな時にどんな嗜好品を口にしているのか、どんな職業か、家族構成は、睡眠時間は、など他にも様々な質問事項がある。

そのうちに信頼関係ができてくると、御家族との確執や、会社での出来事など、ごくプライベートな問題も伺うことになる。

大抵、問題の核心はそこにあって、心を解しながらより良い状態に持っていけるように寄り添うから、結果、心の奥深くに入ることになり、気を抜けばさわりも受けやすい。

で、それら霊障を受けない方法がある。

これは終末期医療(余命わずかな患者さんに接する場)でも言えることで、「同調はしても同情はしない」ことだ。

セ○ムしてますか?


少しでも悪いモノからの影響を遮断しようと塩を携帯し、吉方位を選び、相手の誕生日から数秘を計算しては人付き合いに役立てる、それは私にとって、息をするのと同じくらい自然なことでした。

はじめての方へ2017で書いたとおり、限定的ではあったものの塩は確かに有効だったし、吉方位の象意にも、また数秘で事前情報の無い相手をある程度理解しておくことで助けられたのも事実です。

でもそれらは、本当に、ごくごく限定的な効果でした。

「今日一日、困ったことにはならなかった」とか、「あの難しい患者さん対応を自分がせずに済んだ」とか(それは結局、自分以外のスタッフが大変な思いをしただけ)。

そして明日も明後日もまた塩を携帯し、数秘を計算し、それでも事がうまく運ばなければ方位が悪いから仕方ないかと自分を納得させてその場を流す。

つまり、何も解決にはならない。

私は毎朝の通勤で、近所の神社の前を通る時には「縁あって出逢う人々を癒せますように。今日一日、がんばります」とつぶやくのが日課でしたが、前半はともかく「今日一日」と限定的であることに何の疑いも持たず、むしろそれが人として本当に善い行いだとすら思っていました。

まるで、今さえ良ければいい、自分さえ良ければいいという自己中な人の考えと何も変わらない、ということを、本当にこれを書いている正に今、はっきりと自覚しました。

自分がこんなにバカだったとは、正直ショックです…。

年末年始に神社で、世界中の人が幸せになれますようにとか祈ってる同じ口で、毎日毎日、自己中発言を繰り返しているのだから。

さて、反省し過ぎるとヤバい感じになるのでこれくらいにしておいて、今日のタイトルの「セ○ム」です。

これも今や世界中で活躍しているようですが、もし何か困ったこと、例えば私の場合、まったく話の通じない困った患者さんからのクレームで日々心が疲れ、挙げ句、その相手との間で事件にまでなった時、現実に警察を呼んでもせいぜいその日その時をやり過ごすだけで片が付くことは殆どありません。

相手の恨みはそのままで嫌がらせは続くのですが、この場合、結局は相手の心に入り込んだ「魔」をどうにかしない限り終わりがありません。

でも前述の通り、私の知識では解決にならない。

そこで、娘の言う方法です。簡単です。世界のすべてをプログラムしているヒトに、どうにかして下さいとお願いする。

するとやってきます。セ○ムが(笑)。

このセ○ムは無料です。プログラムしてるヒトには常に愛があるから。でもそれにあぐらをかかず、守ってもらったら、心から感謝します。感謝だけでなく、自分もまたプログラマーを心から愛し返さなくてはいけません。ここ重要。

いくら大切に出来る人だって、同じくらい大切にされなかったら、だんだん悲しくなっちゃいます。

でもだからこそ、たくさん愛を返してくれる相手には、何でもしてあげたくなる。そういうヒトがこの世界をプログラミングしています。

時に理由もなく(と人間としては解釈せざるを得ない)人を苦しめる、あらゆる宗教組織や新興宗教の神とされているものや、まして自分は神だとか言っちゃう変な人や、身近な所では八百万の神などもそうですが、それらとは真逆の存在を、真実、神様として知ると良いと思います。

聖書は2000年も前の書物で、学生時代にはまともに読む気にもなれなかったけれど、逆に、日常的にパソコンを使う現代人なら理解しやすいと思います。

それこそIT系の息子が解説してくれる時には、この世の一番上でプログラミングしてるヒトのいる所を「階層」で説明したり(ファイルだとか、ディレクトリだとかですね)してくれるので、あーそうかなるほどってなります。でも私も素人なので、息子とお嫁さんが(彼女もシステムエンジニア)話す内容の全部がわかるわけではないですが。

今ふと思ったけど、最近はスマホしか持たない日本人が多いから、このツリー構造を目にする機会は少ないかな…。Androidだとまだ自分でファイルを開く機会もあるけど、iPhoneはそんな必要ないし。

いやほんと、聖書の本当の所を解き明かされると困る「やっかいな霊」の思う壺に、嵌まらないで下さいね。

簡単に退治されちゃうから困るって、相手も必死ですよ。

パソコン使えて、スピリチュアル系に興味がある人なら、若くてもそうじゃなくてもきっと聖書の理解は早いはず。

妙な方向に行かないで、真っ直ぐな道を進んで下さい。

世の中には、善と悪しかありません。善いことだけをして下さい。もし悪いことをしたなら、心から反省して二度としないで下さい。

反省する気持ちの宛先は、聖書を書かせたプログラマーですよ。

ところで、スピリチュアル?なにそれ、とか、霊なんているの?な人(がここを読むとも思えないけど)には一応、こういう考え方もありますという事で、こんな記事も参考にしてみてください。

「魔が差すとは」
https://www.google.co.jp/amp/gamp.ameblo.jp/wjproducts1/entry-12172049755.html

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yoko

  • Author:yoko
  • ’06年までは、『霊やオーラを見るのも子どもの個性の一つ。ちょっと悩む時もあるけれど、発見を楽しみながら自然体で行こう!なブログ』でした。
    ’08年現在、特に悩みも無く日々の暮らしを淡々と綴るブログです。(恐らく)
    そして’17年、紆余曲折を経て私たちに転機が訪れました。これまでを振り返るとただただ反省しかありませんが、今は感謝と喜びでいっぱいです。

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